2019年夏、岩手県立大船渡高校の國保陽平監督は、エース・佐々木朗希を決勝戦で起用しないという英断を下しました。
すると瞬く間に「無能」「クビ」と罵られ、約250件もの苦情が学校に殺到しました。
しかし、この苦渋の采配は、佐々木の骨端線が閉じていないリスクを考慮し、将来を守るために取られたものでした。
プロ入り後に佐々木が大活躍し、高校野球界に変革をもたらした國保監督の決断は、改革者として再評価されています。
当時は「勝利至上主義」に陥りがちな高校野球の現場で、選手の将来に重きを置く姿勢は異例とされました。
そんな國保監督の思い切った決断と、現在の高い評価に迫ります。批判と称賛が交錯したあの夏の物語を、振り返ってみましょう。
項目 | 内容 |
---|---|
名前 | 國保陽平 |
生年月日 | 1987年3月14日 |
出身地 | 岩手県盛岡市 |
身長 | 183cm |
体重 | 90kg |
ポジション | 外野手 |
投球・打席 | 右投右打 |
所属グループ | 岩手県立盛岡第一高等学校野球部副部長 |
國保陽平の現在?大船渡高校の野球部の監督批判・無能!正しかった?
2017年4月より岩手県立大船渡高校に異動し、野球部監督に就任しました。
2019年7月、大船渡高校が全国高校野球選手権岩手大会決勝戦まで駒を進めるが、花巻東高校に敗れ準優勝しました。
この試合でエースの佐々木朗希の登板を見送ったことが賛否両論を巻き起こし、社会問題となりました。
クビ・退任・無能といわれたが國保陽平監督の英断の声
完全試合を達成したことで、佐々木朗希の高校時代の監督が地方予選の決勝で登板回避させたことが今になって絶賛されてる
この佐々木の出来事は、その後も高校野球の投手の起用法やトーナメントでの戦術に関する議論において引き合いに出されるなど問題に一石を投じることとなりました。
関連記事:佐々木朗希の高校時代の野球どこ?甲子園出場せず?球種・球速・成績は?
なお、佐々木は試合後メディアの取材に対して「監督の判断なので、しようがないです。高校野球をやっていたら、試合に出たい。投げたい気持ちはありました」と答えている
2019年7月、大船渡高校が全国高校野球選手権岩手大会決勝戦まで駒を進めるが、花巻東高校に敗れ準優勝。 この試合でエースの佐々木朗希の登板を見送ったことが賛否両論を巻き起こし、社会的に大きな関心を集めました。
決勝登板回避問題で批判!
2019年7月30日に行われた第101回全国高校野球選手権岩手大会決勝戦において、佐々木は登板することなくチームも花巻東高校に2-12で敗れ、大船渡高校はあと一歩のところで35年ぶりの甲子園出場を逃しました。
大船渡高校野球部監督國保陽平とは
國保 陽平(こくぼ ようへい、1987年3月14日 – )は、岩手県盛岡市出身の元プロ野球選手(外野手)。右投右打。現・岩手県立大船渡高校野球部監督です。
2017年4月より岩手県立大船渡高校に異動し、野球部監督に就任しました。
國保陽平監督は?大船渡高校野球部監督批判も
試合後、大船渡高校の國保陽平監督は「3年間で(佐々木が)一番壊れる可能性があると思った。故障を防ぐためですから。私が判断しました」と登板回避の理由を説明したが、これに対して大船渡高校には2日間で250件の苦情が殺到しました。
一方で、甲子園の名将とも言われる高校野球の監督・元監督らからは「一番大事な決勝。理解に苦しむ」(横浜高校・渡辺元智前監督)、「回避にびっくり」(大阪桐蔭高校・西谷浩一監督)、「佐々木君が出ていたら勝っていたかもしれない」(履正社高校・岡田龍生監督)等、批判かやや批判寄りのコメントがなされました。
智弁学園和歌山高校・智弁学園高校の高嶋仁元監督は、「苦渋の決断をした勇気は認めなくては」としつつ「自分なら決勝から逆算して投げられるように県大会全体でやりくりをする。無理はさせない前提だが、その上で何とか甲子園に連れて行ってやろうとした。甲子園は聖地で、成長の大きな機会でもあるから」とコメントしました。
佐々木朗希の大船渡高校野球部監督批判?決勝登板回避問題で野球OBの声は?
佐々木のその起用法を巡っては野球関係者や評論家の間でも賛否両論が巻き起こり、メディアでも多数取り上げられることとなりました。
張本は?
特に注目された発言として野球評論家の張本勲が、自身の出演するテレビ番組である「サンデーモーニング」において「絶対に投げさせるべきだった。監督と佐々木のチームじゃないですよ。チームの選手は1年生から3年生まで必死に練習して、甲子園が夢なんですよ」とコメントした。
金田正一
その張本はプロ通算400勝投手の金田正一から電話を貰い、佐々木の登板回避問題について「投げさせなきゃだめだ。賛否両論じゃない。99%だ」と、金田が電話口で力説していました。
ダルビッシュ
これに対して当時シカゴ・カブスのダルビッシュ有は自らのツイッターで、張本の発言をめぐる記事を引用したうえで漫画『ドラゴンボール』のキャラクター“シェンロン(神龍)”を持ち出し、「シェンロンが一つ願いこと叶えてあげるって言ってきたら迷いなくこのコーナー(張本の出演するテレビ番組)を消してくださいと言う」と投稿。
また、野球評論家の桑田真澄も報知新聞において「大船渡の國保監督と佐々木投手の勇気に、賛辞を贈りたいと思います」とコメントしています。
ほか、サッカー界でも日本代表の長友佑都やサッカー解説者の前園真聖が、選手の将来を考えた監督の決断を支持するコメントを残しました。
【國保陽平の現在?】盛岡第一高校の硬式野球部副部長

国保陽平氏は、元大船渡高校野球部監督であり、現在は盛岡一高野球部副部長を務めています 。
国保監督は、佐々木投手登板回避問題の責任を取り、大船渡高校の監督を退任しました 。しかし、彼は後に「もう一度同じ状況になっても、同じ決断をするだろう」 と語っており、自身の決断に後悔はないとしています。
國保監督は、過去の決断について振り返り、今もその信念を持ち続けています。
選手の健康を第一に考える指導方針を貫いています。
國保監督は、今後も高校野球における指導者としての役割を果たしていく予定です。
【國保陽平の現在?】よくある質問

佐々木朗希は甲子園に出場していないのですか?
- Q佐々木朗希は甲子園に出場していないのですか?
- A
佐々木選手は甲子園出場はしていません。甲子園の予選大会では花巻東高校に2−12で敗れ出場とはなりませんでした。
関連記事は下記です。
大谷翔平は甲子園に行きましたか?
- Q大谷翔平は甲子園に行きましたか?
- A
大谷翔平選手は甲子園に出場したことがあります。
花巻東高校の野球部に所属しており、2年生の時の夏の甲子園大会(第93回大会)と、3年生(直前)の選抜大会(第84回選抜大会)の合計2度の出場がありました
関連記事は下記です。
佐々木朗希は何人兄弟ですか?
- Q佐々木朗希は何人兄弟ですか?
- A
佐々木 労基は震災で誰をなくしたの?
- Q佐々木 労基は震災で誰をなくしたの?
- A
佐々木朗希選手は東日本大震災で父と祖父母を亡くしました。9歳の時に岩手県陸前高田市で被災し、最愛の父と祖父母を失いました
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まとめ:國保陽平の現在?大船渡高校の野球部の監督批判・無能!英断・退任
国保陽平氏は、選手の将来を第一に考え、その可能性を最大限に引き出すことに情熱を注ぐ指導者と言えるでしょう。佐々木朗希投手の登板回避は、賛否両論ありましたが、彼の将来を真剣に考えた上での苦渋の決断であったと考えられます。
近年、日本の野球界では、勝利至上主義から脱却し、選手の育成と故障予防を重視する傾向が強まっています 。
国保監督の決断は、こうした流れを象徴するものであり、高校野球のあり方について改めて議論を促すきっかけとなりました。
結果的に大船渡高校は甲子園出場を逃しましたが、国保監督の指導の下、佐々木投手はその後も順調に成長を続け、メジャーリーグに挑戦するまでに至りました 。
国保氏は、佐々木投手のメジャーリーグ挑戦を「すごくよかった」と喜んでいます 。この事実は、国保監督の指導方法が、決して間違っていなかったことを証明していると言えるのではないでしょうか。
興味深いのは、国保氏と佐々木投手は、ともに長期的な選手育成を重視する指導者から指導を受けているという点です 。国保氏は筑波大学時代に川村卓氏の指導を受け、佐々木投手はロッテ時代に井口資仁氏の指導を受けました。
両氏とも、短期的な勝利よりも選手の将来を優先する指導方針で知られています。
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